院長のブログ

イギリスのノーベル賞作家のバーナード・ショーという人の名言にこういうものがある。↓

 

『人はいつも、自分の失敗をまわりのせいにする。
私は環境のせいだとは決して思わない。
この世で成功する人は、自力で立ち上がり、自分の好む環境を見つけ出す人だ。
もし、自分の好む環境を見つけられなかったら、彼らは自分でそれを作り出すのだ。』

 

確かに、多くのひとは、隣のシバが自分の庭のシバより青いことをみてうらやましがる。

 

自分を含めてそういう人の多くは、最大限の努力をせず、愚痴ばかりいい、人をねたみ、失敗を他人のせいにすることが多い。

心の小さい人間ほど、他の人が成功していればケチをつけるし、成功者がどん底に落ちると、「いい気味だ!」と思ってしまう。

他人の幸せを自分の幸せ以上に喜び、他人の不幸は自分の不幸より悲しんでくれる・・・そんな人はきっとお釈迦様か、キリストくらいで、人間の心に潜んでいる妬みや嫉み僻みなどのダークな部分こそが人間らしさなのではないか?と私は思う。

 

バーナードジョーは、人は環境によって左右されるわけではなく、努力次第でなんとでもなると言っている。これは成功者だからこそいえる発言である。もしかしたら、こう発言することで、周囲のモチベーションをあげる意図があったのかもしれないが・・・。

本当に環境は人間形成に関係しないのだろうか?

 

昨日のニュースはとても衝撃的だった。

出生時に他人と取り違えられた60代の男性が、病院を訴え勝訴した事件。60年間も本当の家族ではない人たちを家族だと信じ生きてきた二人。

 

まさに映画のごとく、裕福な家庭と、貧しい家庭にわかれる。

本来家庭教師がつくほど裕福な家庭で育つはずが、病院のミスで中学を卒業して働かなければならないほど貧しい生活を強いられる。

逆に貧しい家庭に育つはずが、大学を出て、不動産会社の社長になっている。その社長の実の弟の介護は、血のつながりのない60代の兄がみなければならない。

 

バーナードはこの話をきいても、環境は関係ないといえただろうか?

 

いくら才能があろうとも、才能を目覚めさせるチャンスがなかったら才能は埋もれたままなのだ。

 

もし私が、アフリカの紛争地域の子供として生をうけていたら、小さいころから、銃を持つことを教えられ文字も読めず人を殺すことを何とも思わない人間になっていたかもしれない。

 

私の親が日本人で、私と私の今の家族が食べていくのに将来困らないようにと、環境を与えてくれたから、仕事をし、家族を養い、義務である税金をおさめることができる。

 

不景気、不景気とはいいながらも、現代日本では、世界のどの国よりも国民全員が最低限の保証された生活をおくれる。

 

このニュースをみて思ったこと。

「人は環境にめぐまれなくても、努力次第でよい環境を生み出すことができる。だから努力しないといけない。しかしながら人生と環境は密接に関係しており、もともとよい環境下におかれた場合、そうでない場合とくらべると、はるかに可能性がふえるということは、否めない事実である」

 

親そして世の中、身の回りの人に感謝すること、

そして息子が将来自分の力で家族を養っていけるように育てること、

この事件でいろいろなことを考えた。

 

・・・・・・・・・っていう真面目な話。

 

追記

 

ウチの8か月の長男、あまり私に似ていないんですね。

ニュースをみて、「もし他の赤ちゃんと入れ違っていたら」なーーーんて、想像してしまいました。

出産に立ち会って、彼が出てきたとき、ビックリするくらい頭がとがっていて、新生児室でたくさん赤ちゃんいても間違えようがないくらいトンガリ君だったので、そんな心配ないんですけどね。(笑)

 

 

 

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